同じ家にいるのに、バラバラの時間を生きていたとしたら
それぞれの道を歩むというのは、
もしかしたら、少し忙しくなることなのかもしれません。
やるべきことが増えて、
目の前のことに夢中になって、
気づけば、立ち止まることを忘れている。
でも、それってきっと、
人生の中ではとてもドラマティックな時間なんですよね。
何かに向かって進んでいるからこそ、
せわしなくなる。
だからこそ、ふと思うんです。
立ち止まる時間も、
同じくらい大切なんじゃないかって。
田んぼに行って、
家族で並んで
苗を見る。
何かを成し遂げるわけでもなく、
ただそこにいるだけの時間。
普段はそれぞれ、
仕事をしていたり、学校に行っていたり。
同じ家に暮らしていても、
実はバラバラの時間を生きているんですよね。
同じものを見て、
同じ空気を吸って、
同じ場所に立つ。
それだけで、
なんだか少し、整う感覚がありました。
ただ苗を見て、
「大きくなってるね」と話して、
少しだけ立ち止まる。
それだけです。
その時間は、
どこか満たされている感じがしました。
そういう時間があるから、
またそれぞれの場所に戻っていける。
何かを生み出しているわけでも、
前に進んでいるわけでもない。
ドラマティックな毎日の中に、
そっと差し込まれる余白。
たぶん、ぼくは
そういう時間を大切にしていきたいんだと思います。
これは、せわしなく生きてきた自分が、
“暮らしを取り戻そうとしている記録”です。
忙しさで感覚が鈍ってしまった人へ。
“味わう暮らし”を一緒に取り戻す仲間になっていただけたら嬉しいです。
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