先生と呼ばれなくなった日のことを話そうか。
田舎に行っていちばん辛かったのは、お金じゃなくてさ
先日、ペスハムさんとのコラボライブで
「どうして田舎にやってきたのか」
というお話をしました。
移住してきて、一番つらかったことは何か。
それは、「小学校の先生」である自分で、なくなってしまったことでした。
大学を卒業してから、11年間。
僕は小学校の教室で、
ずっと「先生」をしてきました。
口では
「先生って呼ばなくていいよ」
なんて言っていたんです。
でも、
いざ本当に「先生」と呼ばれなくなってみて、
初めて気がついたことがありました。
急に、肩書きが消える。
それはただ、
呼び名が変わるだけじゃないんです。
急に、自分自身の「生き様」が変わってしまうということでした。
自分をまっすぐに立たせていた「芯」のようなものが、 ある日突然、すぽんと抜け落ちてしまったような感覚。
先生をやめたとたん、
周りの人たちからは「もおさん」と呼ばれるようになりました。
最初の頃、
この「もおさん」という響きに、
僕はものすごく、
違和感を感じていたんです。
呼ばれるたびに、
背筋がソワソワするというか、
落ち着かないというか。
だって、
それまでの11年間。
僕はどこへ行っても、
誰から見ても「先生」だったから。
土曜日も日曜日も、
お正月休みだって先生だったんです。
自分という人間と、
「先生」という人格が、
いつの間にか、
すき間なくぴったりと
くっついてしまっていたんです。
今まで「先生」というヨロイを着ていたのに。
急にそれを脱がされて、
ただの「もおさん」として、
世界にポツンと放り出されたような気分でした。
「じぶん=先生」。
それ以外の生き方が、わからなくなっていました。
急に先生じゃなくなった僕は、
これからどうやって生きていけばいいのか、
迷子になってしまったんです。
移住をしたこの町で「地域おこし協力隊」として働き始めました。
町の人のお困りごとを解決する仕事です。
「元先生としてのスキルを活かして、役に立たなきゃ」
当時の僕は、また必死になっていました。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみると。
僕のなかには、先生以外の「やりたいこと」も、本当は眠っていたはずなんです。
もっと、のんびり生きたいな。
家族との時間を、もっと大切にしたいな。
外の、自然のなかで仕事をしたいな。
それなのに、「先生としての自分」で何とか生き残らなきゃいけないと、
ずっと思い込んでいました。
学校の先生という仕事は、
毎日まいにち、
「価値」を作り出して
子どもたちに届ける仕事です。
ひとつの授業をやるにしても、
授業の前と後では、
子どもたちに何かしらの変化がなくてはいけない。
「この時間に、何をつかませるか」を
あらかじめ綿密に計画します。
1年間のスケジュールのなかで、
ここまで学ばせる、
というゴールがかっちり決まっているからです。
ある目標に向かって、
毎日を確実に「積み上げていく」生き方でした。
だから、
この町で活動するときも、
僕は焦っていました。
「とにかく目標を持って、何か価値を届けなくちゃ」って。
町での活動には、税金が使われています。
だから、この事業にどんな効果があるのかを考えるのは、当然のことです。
でも、
考えれば考えるほど、
僕はどんどん苦しくなっていきました。
東京の学校で必要とされていたやり方が、
高知県のこの町でも必要とされているわけでは、決してなかったからです。
この町で生きていくためには、
一度、
先生としての自分をリセットしなくちゃいけない。
力を抜いて、
町の人たちと関わって、
それを長く続けていく。
まるで、
肌にぴったり張り付いたばんそうこうを、
少しずつ剥がしていくような時間でした。
目標ありきではなく、
目の前の人との時間を楽しみたい。
未来の予定ありきではなく、
今この瞬間をどう生きるか。
そう思っても、
頭のなかの「先生だった自分」が
邪魔をしてきます。
剥がそうとすると、
ペリペリペリ、
と痛むんです。
この町は、
子どもたちがとても少ないです。
そして、
せっかく目の前にきれいな川が流れているのに、
「危ないから」と、
なかなか近づけずにいました。
そこで僕は、
子どもたちと一緒に
自然のなかで遊ぶ広場を作ることにしました。
「遊び」っていうのは、
目標なんてなくていいんですよね。
たとえば、
子どもが「木登りをしたい」と思うのは、
別に体力をつけるためじゃないですよね。
ただ、登ってみたいから、登る。
何かを作るわけじゃないけれど、
ただ、トントンと釘を打ってみたい。
それで大いに結構なんです。
イスを作らなくても、箱を作らなくてもいい。
ただ、かっこいいからノコギリで木を切ってみたい。トンカチでたたいてみたい。
それだけで、めちゃくちゃ楽しい遊びなんです。
もし教員の頃の僕だったら、「何か価値を届けなきゃ」と思って、
体力がつく木登りの仕方を教えたり、
椅子の作り方や箱の作り方を教えていたかもしれません。
もちろんそれは無駄なことではないけれど、
それでは「純粋な遊び」ではなくなってしまいます。
遠くへ行きたいわけじゃないけれど、
なんとなく自転車に乗ってみたい。
絵を描くわけじゃないけれど、
なんとなく絵の具を画用紙にこすりつけてみたい。
それでいいんです。
子どもたちが笑顔で遊んでいる様子を見ていて、
元気をもらっていたのは、僕のほうでした。
「自分が何か価値を届けなくちゃいけない」
ずっとそう思って、
ペリペリと痛む絆創膏を剥がしてきたけれど。
僕が特別な価値なんて届けなくても、
子どもたちは、こんなにも喜んでくれる。
その姿に、僕は救われた気がしました。
誤解しないでほしいのは、
「自分が価値を届けなくてもいい」
というのは、
「自分には何の価値もない」
ということではありません。
いまの世の中は、
ちょっと見渡せば「価値」であふれています。
役に立つこと。
意味のあること。
ためになること。
みんなが一生懸命に、
素晴らしい価値を作り出しています。
そんな、価値でいっぱいの世界だからこそ。
僕はあえて、「力をぬくことや」や、
「余白」みたいなものを大切にしたって、
いいんじゃないだろうか。
目的のない、ただの木登り。
何にもならない、ただのクギ打ち。
そんなふうに、ただそこにいるだけの「余白」の時間が、
誰かのこころを、ほっとゆるめてくれることもある。
僕は、
まだ完全にヨロイを脱ぎきれたわけでは
ありません。
今もまだ、その途中です。
いま一生懸命やっている田んぼだって、
やればやるほど赤字になります。
時折、「こんなことをやっていていいんだろうか」って、
不安になることもなくはありません。
だけど、
そこに理由はあんまりなくて、
ただ、何かをやってみたい。
そんなとき、泥にまみれていると。
土を触っていると。
きれいな緑が目に飛び込んできて、
心地いい風が肌をなでると。
「ああ、これでいいんだなぁ」って、
心から思える瞬間があるんです。
完全に脱ぎきれなくても、
ずいぶんと気持ちは軽くなりました。
今日もしずかに、
ヨロイをひとつずつ脱ぎながら、
この町で生きています。
これは、せわしなく生きてきた自分が、
“暮らしを取り戻そうとしている記録”です。
忙しさで感覚が鈍ってしまった人へ。
“味わう暮らし”を一緒に取り戻す仲間になっていただけたら嬉しいです。































役に立たないことほど、楽しかったりするんですよね♪
だけど、それでは生きるガソリンが…ていう、脳内押し問答が続いてます。
「自分が心地いいと感じる選択を積み重ねていくこと」
mooochanさんの優しい文章を通して、すんなりと胸に落ちてきた感覚です。
もっと肩の力を抜いて、自分の心地よさを大切に生きようと思えました🙌🏻