最後の一人まで何度でも「張り直される」ゴールテープ
トライアスロンの哲学が教えてくれた、つつがない日々の幸せ。
今朝、目が覚めると、
からだがバキバキに痛みました。
昨日の
田植えの疲労です。
まるで
長いレースの後のような重たさでした。
僕は、
新型コロナウイルスが流行する前まで、
トライアスロンに取り組んでいました。
レースはだいたい、日曜日。
だから月曜日の朝は、
いつもからだがバラバラになりそうで、
仕事に行くのが億劫でたまらなかった。
でも、
それと同時に。
なんだか、
レースをくぐり抜けた自分が誇らしくて。
少しだけ、
胸を張れるような朝でもありました。
ルクさんが、
横浜トライアスロンに出場するという記事を読みました。
トライアスロンっていうのは、
泳いで、自転車乗って、マラソンする
この3つの競技を続けてやってゴールを目指すスポーツです。
冷静に考えると、ちょっと変人です。笑
ルクさんもまた、
決して万全ではない中で、スタートラインに立ち、
レースの中に何かを見出そうとしている。
その姿にふれて、僕は思い出しました。
ああ、僕もずっと、トライアスロンに救われていたんだな、って。
トライアスロンが、
僕の心をつかんで離さなかった理由。
それは、そこに流れる「哲学」でした。
「完走者は、みんな勝者」
「スタートラインに立つだけで、称えられる」
「リタイアも、未来につながる勇気ある決断」
このマインドが心地よくて、
僕はいつも、
大会に行くのにワクワクしていました。
僕はもともと、競泳をやっていました。
25メートルの、四角いプールの中。
そこを何度も行ったり来たりして、
1日に1万メートル泳ぐことも、
ざらにありました。
あの四角い箱の中では、
100分の1秒にこだわって、
タイムを縮めることがすべてでした。
トライアスロンに比べれば、距離は短い。
だからこそ、
一瞬たりともミスが許されない、
緊迫した時間でした。
スタートラインに立つ時の、
あのヒリヒリする緊張感。
僕は、スポーツってそういうものだと思っていました。
そして、
「速い人が正義だ」と信じていました。
でも、
トライアスロンの世界では。
「速い」という言葉は、
あまり使われません。
代わりに、
こんな言葉で人を称えます。
「強いね」とか。
「うまいね」とか。
強さとは、何なのか。
うまさとは、何なのか。
それは、これまでの僕にはなかった、
まったく新しい感覚でした。
トライアスロンは、
海を泳ぐところから始まります。
スタートラインに立つと。
なぜか、後ろのほうで、ゆっくりと構えている人たちがいるんです。
海にコースはないので、どこを泳いでも自由。
当然、最短距離のインコースは激戦区になります。
足のつかない海で、もみくちゃにされる場所です。
「速さ」を求める人たちは、
その激戦区へ飛び込んでいきます。
でも、
長年やってきて、
「自分のペース」を知っている人たちは違いました。
スタートの合図が鳴ってから、
ゆっくりとゴーグルをつけて。
「そろそろ、行くか」と。
全員のスタートを見送ったあとから、
一番うしろを、悠々と泳ぎ始めるんです。
決して急がない。
もみくちゃになる場所には、
決して近づかない。
自分のペースを、乱さない。
たとえ乱れても、元に戻る。
これって、
すごい「強さ」だと思うんです。
そして、
圧倒的な「うまさ」だなと、思うんです。
自分との付き合い方が、うまい。
自分をととのえる、強さが、ある。
トライアスロンには、
「完走者はみんな勝者」という哲学があります。
ふつうのマラソン大会って、
ゴールテープを切れるのは、
一番に帰ってきた人だけです。
でも、
トライアスロンはちがいます。
あらゆる苦難を乗り越えて、
ゴールにたどり着いた人たち、
その全員をたたえたい。
そういう思いがあるから。
ひとりひとりがゴールするたびに、
テープを何度も、張り直してくれるんです。
(アマチュアの部の場合)
だから、全員に「ゴールテープを切る」という瞬間がやってきます。
あの瞬間。
ただ「完走おめでとう」と言われているだけじゃない気がするんです。
「あなたの生き方そのものを、祝福します」
そんなふうに、言ってもらえているようで。
胸がぎゅっと熱くなるんです。
僕が出場していた頃・・・。
たしか、
70歳をこえている、
おじいちゃん選手がいました。
無事に完走したあと、
そのおじいちゃんが、インタビューを受けていたんです。
「トライアスロンをやっていて、良かったことはなんですか?」
そう聞かれたおじいちゃんは。
満面の笑みで、こう答えました。
「水が、うまくなった!」
って。
その言葉を聞いたとき。
僕は、はっとしました。
特別なものが、なにもなくても。
人はこんなに、幸せになれるんだなって。
ほんとうなら。
あれだけ過酷なレースの後です。
おいしいお酒を飲んだり、
ごちそうを食べたりして、
今日1日を、
盛大にお祝いしたいところじゃないですか。
でも、おじいちゃんにとっては。
ただの「水」が、最高のごちそうだったんです。
僕はいま、田舎暮らしをしています。
決して、華々しさはありません。
どこか大きなステージに立つこともないし。
特別なイベントに出かけることも滅多にありません。
自然のなかに、身をたゆたえて。
自分たちがいただく食事を、自分たちで作る。
最近は野菜に加えて、
お米づくりにも精を出しています。
でも、
思うんです。
じつは、
これ以上の幸せは、
僕にはないのかもしれないなって。
何か大きなプロジェクトを成し遂げたり。
どこか遠くへ旅行に行って、
非日常を味わったり。
それもまた、ひとつの幸せだと思います。
ただ、いまの僕にとっては。
こうした「つつがない一日一日」が、
たまらなく、幸せなんです。
こんな静かな時間が、ずっと続いたらいいな。
本気で、そう思っています。
いまはもう、
トライアスリートとして、大会に出ることはなくなりました。
からだのバキバキとした痛みは、
田植えで味わってます。笑
でも。
あのとき、トライアスロンが教えてくれた道は。
めぐりめぐって、
この静かな田舎暮らしまで、続いていたんだなと思うんです。
誰もがゴールテープを切れること。
自分のペースを守り抜くこと。
そして、ただの水が、最高にうまいこと。
と、ここまで書いていたら、
ルクさんがトライアスロンのレポートを書いてくれてましたので、
これも掲載しておきます。
今日も、おいしいお水が飲めるような一日になりますように🙏
ルクさん、ご完走、おめでとうございました✨
記事を書くきっかけをいただきました。
ありがとうございました✨
これは、せわしなく生きてきた自分が、
“暮らしを取り戻そうとしている記録”です。
忙しさで感覚が鈍ってしまった人へ。
“味わう暮らし”を一緒に取り戻す仲間になっていただけたら嬉しいです。


















3週間後にウルトラマラソンを走ります。
怪我が再発してしばらくは走れません。不安です。でも投稿を拝読させていただき、涙が止まりません。
ありがとうございます
ここでは後ろでゆっくりゴーグルつけてる人です🙋♀️
いや、それができるようになるまでが、ちょっとしんどかったかな?しんどいというより、揉みくちゃを見聞きしているだけで疲れちゃって。
それですでに離れた人も、いるんじゃないかな?
「思ったより読まれなくて離れた」と分析されがちだけど、それだけじゃないはずって思う。
それから(相変わらず長い🙏)、
あの、敬意のお話に通じる記事だなと思って拝読しました!
ありがとうございます😊