ちゃんと、食べなきゃって思いすぎて
ついつい思っちゃうんです。
健康のことを考えると、
「ちゃんと食べなきゃ」って。
栄養バランス。
食材の質。
調理法。
どれも、むっちゃ大事なことですよね。
でも、その「ちゃんと」が増えすぎて、
むっちゃ苦しかったんです。
何を食べればいいのか迷って、
逆に適当になってしまったり。
完璧にできない自分に、
ちょっと疲れてしまったり。
ひょっとしたら、同じような思いをしたことのある人もいるんじゃないでしょうか。
ぼく自身も、そうでした。
食の知識が増えれば増えるほど、なぜか、食べることが自由じゃなくなっていく感じがあって。
これまで、いろんな食事法や調理法を学んできました。
中国古来から伝わる薬膳だったり。
縄文人が食べていたものを取り入れようっていうパレオダイエットだったり。
こてこてに、プロテインとかで朝食を済ませてダイエットをしようなんて考えたこともありました。
知識って、増えれば増えるほど自由へと解き放ってくれるものなのに、変じゃない?
当時、小学校の教員をしていました。
スーパーやコンビニで「買っていいもの」が極端に少なくなっていきました。
そして気づいたら、学校の給食でさえ「食べていいもの」がほとんどなくなっていたんです。
「え、これもだめ?」
「あれも、だめ?」
食べ物には何の罪もないのにね。
あらゆる食べ物が、敵のように見えたし、
自分の体を攻めこもうとしている何か悪いものにさえ感じてしまいました。
もはや、末期症状。
「これは食べていいのか」
「これは避けるべきか」
と、食卓の前でひとり、考え込むようになっていました。
でも、
それって、なんか違うな、と。
だから今は、少しだけ力を抜くようにしています。
「ちゃんと食べる」じゃなくて、
「今日、ひとつだけ丁寧に選ぶ」。
それくらいでいいんじゃないか、
と思うようになりました。
野菜をひとつ、ゆっくり味わってみる。
お味噌汁の出汁の香りを、少し意識してみる。
それだけでも、食事の時間はずいぶん変わります。
全部を整えようとしなくていいんです。
むしろ、全部やろうとするほど、続かなくなる。
少しずつでいい。
その小さな積み重ねが、気づいたころには、やさしい食習慣になっています。
健康って、がんばって作り上げるものというより、
無理をやめたときに、静かに戻ってくるものなのかもしれない。
最近そんなふうに感じています。
今日も、ひとつだけでいいので、
丁寧に選んでみませんか?
よかったら、あなたの選んだもの、コメント欄で教えてください☺️
これは、せわしなく生きてきた自分が、
“暮らしを取り戻そうとしている記録”です。
忙しさで感覚が鈍ってしまった人へ。
“味わう暮らし”を一緒に取り戻す仲間になっていただけたら嬉しいです。
7日間でちゃんと食べるを取り戻すプログラム、開発中🍲



読んでて泣きそうです😢
苦しさの正体にも、少し触れられた気もします。