それでも、また土を触りたくなる
「結果が出たから、続けているわけじゃなかった」
ひょんなことから始まったお米作りです。
移住者である僕が、
気づけば丸4年続けてきて、
いよいよ5年目になりました。
きっと周りから見たら、
「収穫できた喜びが忘れられなくて、続けてるんでしょう?」
そんなふうに見えるかもしれません。
でも実は、
僕たちがまともに自然の恵みをいただけたのは、
過去4回のうち、たった1回だけなんです。
残りの3回は、
イノシシさんが田んぼに入ってしまいました。
稲はなぎ倒され、
泥だらけになった稲穂は、食べることができません。
かき集めて
かき集めて
スーパーの小さなポリ袋一杯分だったこともありました。
半年くらいがんばったのにね。
自然相手なので、
仕方ないと言えば仕方ない。
でも、
やっぱりショックでした。
じゃあ、
悔しかったから、
「次こそは」という気持ちで続けているのかというと、
実はそれもちょっと違うんです。
もっと収穫したい。
もっと成功したい。
もちろん、
そういう気持ちがゼロではありません。
でも、それ以上に、
「なんだか、やめてはいけない気がする」
そんな感覚の方が強かったんです。
昨年、
ようやくしっかり収穫することができました。
とはいっても、
当時は借りている面積も小さかったので、
家族5人で食べていたら、
3ヶ月ほどでお米はなくなってしまいました。
だから、
経済的に得をしたわけでもありません。
むしろ、
時間も手間もかかっています。
それでも、
今年もまた田んぼへ向かっています。
なぜなんでしょうね。
数日前、
子どもに聞かれたんです。
「なんで、田んぼやってるの?」
って。
僕は、
すぐに答えられませんでした。
収穫のためなのか。
食べるためなのか。
自然を守るためなのか。
どれも間違いではない気がする。
でも、
どこか違う気もする。
だって僕自身、
まだ手探りで、
その答えを探している途中だから。
だから、
おぼろげに浮かんできた言葉を、
そのまま返しました。
「やった人にしかわからない、
何かがあるんかもね」
って。
泥を触って。
水を引いて。
草を刈って。
うまくいかなくて。
それでもまた、
次の年も土を触りたくなる。
自然って、
今年うまくいかなかったからといって、
そこで終わりじゃないんですよね。
また春が来る。
また水を引く。
また種をまく。
うまくいく保証なんて、
どこにもない。
それでも、
営みは続いていくんです。
人間も、
本当はそうなのかもしれません。
結果が出たから続ける。
成果があるから頑張る。
それだけでは、
続かないものがある。
うまくいかなくても、
形にならなくても、
それでも手を動かし続けたくなる。
その繰り返しの中に、
生きるということがあるような気がしています。
これは、せわしなく生きてきた自分が、
“暮らしを取り戻そうとしている記録”です。
忙しさで感覚が鈍ってしまった人へ。
“味わう暮らし”を一緒に取り戻す仲間になっていただけたら嬉しいです。
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初めまして、かつおと申します。
福井で田舎暮らしをしています。私は移住ではなく福井出身ですが、同じく自然の魅力を改めて感じています。
もおちゃんさんの記事を読むと、凄く頷けるところが多く、深く共感しました。
私は農業ではなく、海と山で趣味程度ですが携わっていますが、自然の偉大さや、命の尊さ、力強さを身をもって感じています。
農業の素晴らしさ、難しさをとてもわかりやすく、記事にされていて感銘を受けました。
急なコメントごめんなさい。
これからの記事も、楽しみにしております。