「風を通して」と、大地が呼んでいた
大切に使わせていただくために、ぼくができること
風を引き込むのが、ぼくの仕事です。
って言ったら大げさなんだけど、
本当にそうなんです。
涼しくて、やわらかい風でした。
さっきまで少し重たく感じていた空気が、ふっと軽くなる。
草のあいだを風が抜けていく。
土の表面が、少し呼吸を始めたように感じる。
その風を受けながら、ぼくは思いました。
「風を通して」
その土地は、ずっとそう望んでいたのかもしれません。
先日、久しぶりに
自然再生士としての依頼をいただきました。
自然再生っていうのは、
この土地に手を添えて、
自然が元氣になるお手伝いをすること。
これから畑として使っていきたい土地がある。
その土地の土を、少し元気にしたい。
そのためには、どうすればよいでしょうか。
そんなご相談でした。
その土地に立って、まずしたことは、
とても単純なことでした。
草を刈る。
穴を掘る。
石の置く場所を変える。
やっていることだけ見れば、本当に地味です。
特別な機械を入れるわけでもありません。
大きく景色を変えるわけでもありません。
でも、不思議なことに。
ほんの少し手を入れるだけで、
その場所の空気が変わることがあります。
土地を元気にする。
そう聞くと、何かを足すことのように思うかもしれません。
肥料を入れる。
資材を入れる。
人間の側から、何かを加えてあげる。
もちろん、そういう考え方もあります。
でも、ぼくが大切にしているのは、
まずその土地がもともと持っている力を
邪魔しないことです。
水が流れたいところに流れる。
空気が入りたいところに入る。
根が伸びたいところに伸びる。
虫や菌や草たちが、
それぞれの働きを始められる。
そのために、人間が少し手を添える。
現場に立っていると、
人間の都合だけでは動いていないんだな、
と思うことがあります。
ここを畑にしたい。
ここで野菜を育てたい。
ここをきれいにしたい。
もちろん、そう思うことは自然なことです。
でも、その前に。
その土地には、
その土地の紡いだ時間があります。
水の流れがあります。
風の通り方があります。
これまで積み重ねてきた草や土や生き物たちの営みがあります。
そこに人間が入っていく。
畑として使わせていただく。
そう考えると、少し姿勢が変わります。
土地を自分の思い通りに変えるのではなく、
その土地がどう息をしているのかを見ていく。
どこが詰まっているのか。
どこに水が溜まっているのか。
どこに風が届いていないのか。
どこが少し苦しそうなのか。
そんなことを感じながら、
少しずつ手を入れていく。
この仕事をしていると、
いつも不思議な気持ちになります。
ぼくがこの土地を見つけたのか。
それとも、この土地がぼくを呼んでくれたのか。
遠く東京の大都会で暮らしていたぼくが、
今こうして、高知の小さな町の、
その中のほんの一区画の土地のお世話をしてる。
クワを持ち、草を刈り、土に触れている。
考えてみると、とても不思議なことです。
どうして、ぼくはここにいるのだろう。
どうして、この場所の手入れをしているのだろう。
土地は、
地上だけで完結しているわけではありません。
草の根があり、
木の根があり、
菌がいて、
生き物がいて、
水脈があり、
空気の通り道があります。
見えないところで、
たくさんのものがつながっています。
もしかすると、人間もそうなのかもしれません。
自分で選んで、
自分で決めて、
自分の意思でここまで来たつもりでいる。
でも本当は、見えない糸のようなものに、
少しずつ引っぱられてきたのかもしれません。
まだ土地のお世話の方法も知らなかった頃から。
まだ草の刈り方も、水の見方も、
風の通し方も知らなかった頃から。
この一区画の小さな土地は、
ぼくのことを呼んでくれていたのではないか。
そんな気がすることがあります。
必要とされる場所に、
少しずつ導かれていくことはあるのかもしれない。
人が土地を選ぶだけではなく、
土地もまた、人を選ぶ。
そんなふうに考えると、
この仕事はただの作業ではなくなります。
呼んでくれた場所に応える。
必要としてくれた土地に、
できるだけ丁寧に手を添える。
だから、
土地を「使う」という言葉には、
少しだけ緊張が走ります。
使う。
活用する。
整備する。
どれも必要な言葉です。
でも、その前に。
使わせていただく。
関わらせていただく。
手を入れさせていただく。
そういう姿勢を忘れずにいたいと思います。
この場所は、ぼくのものではありません。
でも、ぼくと無関係な場所でもない。
たまたま出会ったようでいて、どこかでつながっていた場所。
そう思うと、土を世話する手つきも、少し変わってきます。
乱暴にはできない。
急ぎすぎることもできない。
この土地がどんな呼吸をしているのか。
どこに水を通したがっているのか。
どこに風を入れたがっているのか。
それを聞きながら、少しずつ手を入れていく。
人間の身体も、きっと似ているのだと思います。
呼吸が浅くなると、苦しくなる。
血の巡りが悪くなると、重たくなる。
どこかが詰まると、全体の調子が崩れていく。
土地も同じなのかもしれません。
水が滞る。
空気が入らない。
土が固くなる。
すると、そこに生きるものたちも、
少しずつ元氣を失っていく。
土地がもう一度呼吸できるように、
少しゆとりをつくること。
ぼくがしているのは、
たぶんそういうことなのだと思います。
作業が終わって、風が入ってきたとき。
ぼくは、その土地に何かを与えたというより、
その土地から何かを教えてもらったような気がしました。
そこに土がある。
水がある。
風がある。
草がある。
虫がいる。
菌がいる。
太陽が降りそそぐ。
その大きな営みの中に、
ぼくがいる。
人間も、野菜を育てさせてもらう。
ご飯を作らせてもらう。
暮らしを続けさせてもらう。
そう考えると、
畑づくりも単なる作業ではなくなります。
土地との関係を結び直す時間になる。
先日の作業も、きっとそういう時間でした。
土地を大切に使わせていただく。
それは、きれいに整えることだけではないのだと思います。
たくさん収穫することだけでもない。
その土地が息をしやすいようにすること。
水や風や生き物たちの通り道をふさがないこと。
そこにいるたくさんの命とともにあること。
そんな姿勢の中に、
これからの畑づくりの
大切な入口があるような気がしています。
作業を終えた土地に、すっと風が入りました。
涼しくて、やわらかい風でした。
その風を受けながら、もう一度思いました。
「風を通して」
その土地は、ずっとそう呼んでいたのかもしれません。
そしてぼくは、その声に少しだけ応えるために、
ここまで来たのかもしれません。
土地は、ちゃんと応えてくれる。
こちらが耳を澄ませば。
こちらが少し手を添えれば。
そして、こちらが大切に使わせていただく気持ちを忘れなければ。
きっと土地は、また少しずつ息を吹き返していくのだと思います。
これは、せわしなく生きてきた自分が、
“暮らしを取り戻そうとしている記録”です。
“味わう暮らし”を一緒に取り戻す仲間になっていただけたら嬉しいです。
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はじめまして。
自然再生士というお仕事を始めて知りました。
とても、尊くて豊かなお仕事ですね…🥹
記事の写真や言葉もやわらかくて、ほっと心が落ち着きます☺️
「風水師」という言葉を想起しました。とても面白いですね。