有名になりたかった自分が、田んぼにいる
5年前までのぼくは、有名になりたかった。
すごいと思われたかった。
たくさん稼ぎたかった。
それが成功なんだと、幸せなんだと思っていました。
今日も、棚田にいました。
泥だらけで、足はガクガクで、収入にはなりません。
でも、なんか、いいんです。
なぜこうなったのか、自分でもよくわかりません。
農作業をひたすらやっていたら、気づいたら楽しくなっていた。
風の香り。
太陽の温かさ。
土を踏む感触。
外の環境に包まれながら体を動かしていたら、
「この時間がずっと続いてほしい」
って、思えてしまったんです。
東京にいた頃、不思議なことを考えていました。
「65歳まで働けば、安定する」
なんなんでしょうかね。
この考えは。
年金を毎月もらえれば、働かなくて良くなれば、それは安定なんだって。
ずっとそんなイメージがあったんです。
だから、いつも歯を食いしばって、
一日いちにちを過ごしていました。
移住して、
今、収入は大きく減りました。
定職を手放して、その時間を「農」に充ててるんですから。
でも、不幸にはなっていません。
やめたくなる瞬間もあります。
でもそれは、農作業が大変なときじゃないんです。
お金を得るための仕事が忙しくて、余裕がなくなったときです。
よくよく考えると、農作業をやめたいわけじゃない。
それなのに、「仕事は休んではいけない」という思い込みに引っ張られて、
なんだか、
「もうお米づくりやめるしかなくない?」
ってなる瞬間があります。
田んぼをやっていて、気づいたことがあります。
有名かどうか。
収入になるかどうか。
それ、ぼくの幸せには関係ないということに。
毎日、満員電車に揺られて、
将来が不安で、答えを探していた5年前の自分へ。
大丈夫。
満員電車を降りて力を抜いたって、大丈夫なんだぜ。
かつて、毎年こんなゴールデンウィークでした。
新年度が始まって、慌ただしくて
何とか連休へたどり着く。
連休に入った途端に、体調が悪くなったり、
疲れ果てて、気がついたら、連休の半分は寝て過ごしていたり。
確かに毎日ね、
雨でも炎天下でも外へ出て作業をする毎日ですが、
こんなにも、ストレスから解放された日々は、
もしかしたら、社会人になってからと言うもの
始まったことがなかったかもな。
大事なことだから、もう一度言うぜ。
「満員電車を降りたら、いい景色見られるよ」
これは、せわしなく生きてきた自分が、
“暮らしを取り戻そうとしている記録”です。
忙しさで感覚が鈍ってしまった人へ。
“味わう暮らし”を一緒に取り戻す仲間になっていただけたら嬉しいです。









絵を描くとか、表現活動とか、辞めたくなることがあります。
やればやるほど赤字で。やってみたい表現が増えれば増えるほど、今日もそれができなかったという負の気持ちを積み上げる毎日に、挫けそうになる。発信もしなくちゃ、応援してくださる方が離れてしまわないように。もっと展示会に参加して、観てくださる方をひとりでも増やさなきゃ。
…これのおよそが、お金の心配からきていて。辞めてしまったほうが、よっぽど経済は安定するのです。
読んでて泣きそうっていうか、泣きました。「辞めたって、結局あなたはやりたくなるよ」って、昨日コミュニティの主様に言われましたけどね💦
外での仕事を辞めた意味、すぐ忘れそうになるから、それを振り返れたこの記事はとてもありがたいです🙏