スーツを脱ぐ人生も悪くない
「子どもの用事で休みます」がうらやましかったぼく
気づけば、
このSubstackを100人の方が読んでくださるようになりました。
ありがとうございます。
数字のことはあまり書いてこなかったのですが、
山の中で書いた文章を
100人もの方が受け取ってくださっていることが、
今も少し不思議です。
せっかくの節目なので、
今日は少しだけ自分の話をしてみようと思います。
東京で11年間、小学校の先生をしていました。
先生という仕事は好きでした。
授業を考えることも、
行事をつくることも、
子どもたちが
少しずつ変わっていく瞬間を見ることも、
ぼくにとっては大切な時間でした。
仕事が嫌だったわけではありません。
でも、ずっと気を張っていたのだと思います。
学校にいると、
いつも誰かに名前を呼ばれます。
「もお先生!」
その声が聞こえるたびに、
少しドキッとしていました。
何かあったのかな。
困りごとかな。
期待に応えられるかな。
そうやって、頭がすぐに動き始めます。
授業のこと。
子どもたちのこと。
保護者のこと。
行事のこと。
いつも頭のどこかが働いていました。
グラスいっぱいに水が入っているような状態だったのだと思います。
もうこれ以上は注げない。
でも毎日少しずつ、何かが注がれていく。
そんな感覚でした。
それでも仕事は好きでした。
だからこそ、終わりがありませんでした。
もっと良くしたい。
もっと役に立ちたい。
もっと子どもたちの力になりたい。
そう思えてしまう。
ぼくにとって仕事は、生き方そのものでした。
そんな中で、
昔から少しうらやましく思っていたことがあります。
職場で、
「子どもの用事があるので休みます」
と言う人たちのことです。
その頃のぼくは、結婚したいとか、子どもがほしいとか、そういう気持ちが強かったわけではありません。
でも、その言葉を聞くたびに、どこか羨ましかった。
仕事より優先するものがある。
仕事以外の世界を持っている。
そんな生き方があるんだなと思いました。
小学校の先生という仕事は、誰かの人生に伴走する仕事です。
子どもたちの未来を考える。
保護者の方の悩みを聞く。
その人がどう生きていくかを、一緒に考える。
ぼくは、そんな仕事が好きでした。
でも、いつしか思うようになりました。
人の人生について考えることはできる。
けれど、
自分自身の人生をちゃんと生きることは、
また別のことなのかもしれない。
仕事が嫌だったわけではありません。
むしろ大好きでした。
だからこそ、仕事しか知らないまま人生が過ぎていくことに、少し怖さがあったのだと思います。
ぼくは、仕事以外の世界を知りたかった。
もっと言えば、手触り感のある暮らしを味わってみたかった。
泥の感触。
草の匂い。
雨に予定を狂わされること。
家族と囲む食卓。
朝の山の空気。
そういうものに囲まれて生きることを、ぼくはあまり知りませんでした。
高知へ来て、家族ができました。
これは自分でも意外なことでした。
実家では、どちらかというと家にいるのが苦手でした。
自分が家庭を持つことも、ずっと先のことだと思っていました。
でも今は違います。
一緒にご飯を食べる。
くだらない話をする。
笑う。
心配する。
ときどきぶつかる。
それでもまた、同じ食卓につく。
そんな時間が、思っていた以上に大切なものだったと知りました。
田んぼへ行って、泥だらけになって帰る。
すると、
「おかえり」
と言ってくれる人がいる。
たったそれだけのことが、こんなにも嬉しい。
こんなにも安心する。
そんなことを、ぼくは知りませんでした。
田んぼで作っているお米は、どこかに売るわけではありません。
家族で食べるために作っています。
お金になるわけでもありません。
むしろ赤字です。
だから、仕事というより道楽に近いのかもしれません。
でも、ぼくにはそれが、とても意義のあることに思えるんです。
家族が食べるご飯を作る。
土に触る。
水を見る。
季節と一緒に生きる。
それは効率の良いことではありません。
スーパーで買った方が、きっと安い。
でも、田んぼに立つと、不思議と自分が受け入れられているような気がします。
田んぼは、
もっと稼げ。
もっと成果を出せ。
もっと立派になれ。
とは言いません。
ただ、そこにあります。
草は伸びる。
水は減る。
稲は育つ。
ぼくはその中で、できることをやる。
それだけです。
ご飯を作るということは、お腹を満たすことです。
でも、それだけではない気がしています。
家族が明日を生きる力を支えること。
未来を作ること。
そして、今日という一日を味わうこと。
そんな営みの中には、成果や数字だけでは測れない価値があるような気がします。
もし、東京で先生をしていた頃の自分に、今の写真を一枚だけ見せられるなら。
ぼくはたぶん、泥だらけで田んぼに立っている写真を見せます。
スーツではなく、作業着を着て。
革靴ではなく、長靴を履いて。
手には泥がついていて。
少し間の抜けた顔で笑っている写真を。
その写真を見た昔のぼくは、きっとこう言うと思います。
「元気になったんじゃない?」
って。
もし、その頃の自分に一言だけ伝えられるなら。
たぶん、こう言います。
スーツを脱ぐ人生も悪くない。
誰かと生きる人生もいいもんだよ。
そして。
人生は、思っていたよりずっと手触りがある。
語るだけじゃなくて、生きてみるのも悪くないよ。
ぼくは、今、それを確かめているところです。
これは、せわしなく生きてきた自分が、
“暮らしを取り戻そうとしている記録”です。
ほっとするエッセイをお届けするきね!
“味わう暮らし”を一緒に取り戻す仲間になっていただけたら嬉しいです。
ぜひ無料で受け取ってください。















中山間での農業は経済的に見ると「合わない」んですよね。うちの集落でも、田圃や畑で稲や野菜を作る暮しは、主たる給与や年金からの「持ち出し」が無ければ支えることが難しいものです。農業は兼業であり副業であるのですが、主たる業をささえるものと言うよりは、主たる業によって支えられる趣味的な業であると説明する方が、都会の給与生活者には分りやすいと思います。
と言って、もおさんや私たちの農を単なる贅沢な遊び・趣味として見るつもりは全然ありません。そこには人を豊かにする何かがある。大袈裟に言えば、人を救う何かがある。その面白さを出来るだけ多くの人に知ってほしい。
一方で、どうしても避けられない「お金」の問題があるのも事実です。お金についてもおさんがどのようになさっているのか、大いに興味があるのは私だけではないはずです。
Avec ma compagne, nous avons acheté une fermette avec beaucoup de terrain. Pour subir moins le monde qui chiffre tout. Toutes les parties de l'existence. Les travaux sont casse-pieds. Mais cela rend vivant. C'est pour cela que j'écris mes chantiers chrétiens. Nous ne gagnerons sans doute pas plus d'argent mais la vie sera différente.